御所巻(ごしょまき)―世田谷区史編さん問題―

御所巻とは、中世の異議申し立て方法のことを言います。世田谷区による区史編さん委員へのパワハラと著作権の問題についてのブログです。出版ネッツのメンバーが運営しています。

著作者人格権ってなに?~「世田谷区史問題Q&A」~

世田谷区史問題Q&A

Q1 世田谷区史をめぐって何が問題になっているのですか。

A1 区史編さん委員に、委員を続け区史を書きたければ著作者人格権不行使と著作権譲渡を認めろという踏み絵のような承諾書を突きつけ、承諾しなかった谷口さんを委員から外しました。著作権を取り上げるような仕打ちは歴史修正にもつながりかねないと歴史学会の内外で大問題になり、区議会でも質問されマスコミも報じています。

 

Q2 谷口さんと組合は何を求めているのですか。

A2 何より、著作者人格権不行使を含む不条理な契約の見直しです。それが良い区史を作ることにつながります。世田谷区も「新たな世田谷区史編さんの基本的な考え方」で、区史は歴史研究の最新成果を踏まえ、わかりやすさ・読みやすさと学術的水準を両立させて作るものとしており、そのためには編さん委員、歴史研究者の著作者人格権の尊重が必要です。

 

Q3 自治体史のように自治体や国が発行するものにはそもそも著作権はないのでは?

A3 著作権法は第 13 条で、「権利の目的とならない著作物」として、憲法その他の法令、告示、訓令、通達やこれに類するもの、裁判所の判決、決定等、行政庁の裁決、決定で裁判に準ずる手続により行われるもの等を挙げています。自治体史は、これに属していないので、著作権の対象になります。

 

Q4 世田谷区が発注して原稿料も支払うのだから、著作権は区に帰属するのではないですか。

A4 著作権は原則として著作者に発生する権利で、原稿料の支払いが直ちに著作権の帰属に結びつくものではありません。著作者人格権を除く著作権は譲渡可能なので( 著作権法第 61 条)、著作権者の合意があれば、著作権者以外の者が譲り受けることができます。著作権者が権利を区に譲渡した場合には、著作権は区に帰属することになります。なお、区の職員が区の職務として作成した著作物は職務著作にあたるので、その権利は初めから区に帰属します。

 

Q5 著作者人格権とは何ですか。

A5 日本の著作権法は、著作権を、著作者人格権とそれ以外の著作権( 財産権)に分ける二元論の立場をとっています。著作者人格権は著作者が持つ譲渡できない大切な権利で、公表権、氏名表示権、同一性保持権からなります。世田谷区史で問題になっているのは同一性保持権、つまり、原稿を勝手に書き換えられない権利です。なお「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」は認められます (著作権法第 20 条2項)。

 

Q6 区史編さん委員に著作者人格権不行使を求めるのはどこが問題なのでしょうか。

A6 そもそも著作者人格権は、その帰属についても行使についても、著作者の一身に専属する権利です。これを剥奪するような発想は人格の尊厳を無視することとなります。著作者人格権には同一性保持権を含むため、それが行使できなくなると、区史の記述が勝手に書き換えられる恐れがあります。
元原稿を勝手に書き換えられることは、区史の信頼を根本から揺るがしかねません。

 

Q7 著作権を譲渡したら、自動的に著作者人格権も相手方に譲渡することになるのではないのですか。

A7 A5で述べたように、著作権は財産権であり、人格権とは別個の権利です。著作者人格権以外の著作権(複製権、上映権、公衆送信権など)は譲渡可能ですが、著作者人格権は著作者の一身に専属する権利で、著作権法第 59 条で譲渡できないことになっています。

 

Q8 区史をわかりやすい内容にするには原稿を修正する必要が出てくる場合があると思います。修正をめぐって筆者と区との意見が対立すると、区史発行が遅れることになりかねません。編集をスピーディに行うには著作者人格権の不行使を決めておいたほうがよいのではないですか。

A8 わかりやすさ、字数、レイアウトその他の事情から、区史編さん委員が区史のために書いた原稿を編集のなかで修正する必要が出てくることは、もちろん考えられます。けれども、著作者人格権不行使を強要し、区が勝手に直してしまうのは区史編さんにそぐいません。「新たな世田谷区史編さんの基本的な考え方」は、区史は歴史研究の最新成果を踏まえ、わかりやすさ・読みやすさと学術的水準を両立させて作ると定めています。この考え方に沿って、「歴史研究の最新成果」「学術的水準」の結晶である編さん委員( 専門家)の原稿を尊重しつつ、都度合意をとりながら編さんを進めることが必要です。義務教育の検定教科書も、筆者の著作者人格権を尊重しながら編さん、発行されており、区史編さんに著作者人格権不行使は不要です。

 

Q9 谷口さんと組合は著作権の譲渡にも反対しているのですか。反対しているとしたら、その理由は何ですか。

A9 反対しています。区史に先立って刊行された『往古来今』のために書いた原稿が区によって無断転載される著作権侵害があったからです。区は区議会で謝罪し著作権の尊重を約束しましたが、この約束は果たされていません。谷口さんはデジタル版での利用は快諾しているので、著作権を譲渡しなくても利用許諾契約によって、合意した範囲での二次利用に支障はありません。

 

Q10 谷口さん以外の委員は著作者人格権不行使を規定した契約書に納得、同意したと聞きましたが。

A10 著作者人格権は、著作者の尊厳に関わる根源的な問題であるにもかかわらず、一般によく知られていません。区が編さん委員に、著作者人格権不行使の意味を説明していなかったことが明らかになっています。委員には立場の弱い若手研究者もいます。真実の納得、同意が成立したとは考えられません。

 

Q11 保坂区政の下で「歴史修正」の心配はないのでは?

A11 「歴史修正」ができてしまう契約の枠組みを問題にしているので、保坂区政が修正するとは考えていません。けれども、次の区史が作られるだろう約 50 年後まで、どんな区政になるかわかりません。区の外部から、歴史を曲げる圧力がかかることもあります。編さん委員、歴史研究者の権利を尊重することが、正しい記述を守る基礎なのです。

 

Q12 区史編さんが進むなか、今となってどんな解決が考えられますか。

A12 著作者人格権の無視、軽視の解消が必須です。著作権については、譲渡も可能ですが、利用を許諾するという方法もあります。契約は今からでも変えられます。著作者人格権を尊重した契約に直すことで区史の信頼性が確保され、税金の適切な使い方にもなります。

 

Q13 港区の「確認書」では、著作権という言葉も著作者人格権という言葉も出てきません。このような契約書で、著作者の権利は守られるのでしょうか。

A13 著作権は契約に書かなければ生じない権利ではなく、著作物の作成によって発生する権利です。
他者に著作物の作成を頼む際の当然の前提であり、改めて権利を明示するまでもありません。著作権を制限することなく区史を編さん、発行できた港区の事例は、自治体史誌発行に著作者人格権不行使も著作権譲渡も必要ないことを示しています。

( 2024.2.26 文責:出版ネッツ