御所巻(ごしょまき)―世田谷区史編さん問題―

御所巻とは、中世の異議申し立て方法のことを言います。世田谷区による区史編さん委員へのパワハラと著作権の問題についてのブログです。出版ネッツのメンバーが運営しています。

世田谷区史編さん問題とは?-概要-

 東京都世田谷区は2016年から区史編さん事業を開始しましたが、2022年、突如、区は執筆予定の区史編さん委員(歴史学者ほか)に対して「著作者人格権の不行使」(勝手に改変されても文句を言わない、という条件)を求め、それを承諾しなければ委員委嘱を打ち切ると通告。委員である谷口雄太さんと出版ネッツは、区の一方的やり方に抗議し、話し合いを求めましたが、区は1回話し合いをしただけで打ち切り、2023年4月、谷口さんの委員解任を強行しました。

 この問題は、著作権問題に加え、フリーランス(業務委託)の労働問題、さらには社会の右傾化と深くかかわる歴史修正主義の問題もはらんでいます。

 

自治体史執筆にかんする基礎知識

シンポジウム「歴史研究と著作権法―世田谷区史編纂問題から考える―」
@青山学院大学/2023.07.15
世田谷区史の執筆にあたり、世田谷区が歴史研究者に著作権譲渡と著作者人格権不行使を強要した「世田谷区史編さん問題」。報道でも取り上げられ、区側に批判が集まる一方、自治体史は自治体のものだから個人の研究などではなく、著作権著作者人格権という話にはそぐわない、という声もあとを絶ちません。
 
こうした誤解をなくすために、「一般にはあまり知られていない事実」を記したいと思います。すなわち、
 
(1)自治体史は歴史学界においては個人の研究実績として扱われるから、勝手に書き換えられると研究者生命に関わる
 
 (2)本来的には研究者が一丸となって行政の理不尽に対抗すべきところ大学院生やポスドクなどの弱い立場にある研究者は経済的理由や人間関係等から、抵抗できない
 
 (3)自治体史は、そんなに頻繁に作るものではない(50年に1度くらい)
 
 という事実です。歴史学関係者以外には、「自治体史が歴史学界でどのように扱われるか」ということは、あまり知られていないと思います。
 
 まず、2023年7月のシンポジウム『歴史研究と著作権法では、石原俊さん(明治学院大学)や、木下光生さん(奈良歴史研究会事務局長)が、「自治体史は歴史学界においては個人の研究実績として扱われるから、勝手に書き換えられると困る」という話をしてくださいました。
 
  当日のシンポを振り返りますと、石原さんは「自治体史・誌を成り立たせてきた絶妙な“win-win”関係」として、
 
①研究者(大学構成員・非構成員両者含む)側は、行政当局側に対して、研究実績・実績へのカウントを条件に、学術的瑕疵がない水準での調査・執筆を保障する
 
②行政当局側は、報酬最重視の非専門家ではなく、専門家による内容の学術的精確性・妥当性が確保された自治体史・誌を確保できる
 
をあげ、「戦後日本において、行政当局と歴史研究者の「暗黙の了解」(絶妙のバランス)のもとに成り立ってきた“win-win”関係」とまとめられました。
 
 また、木下さんも
 
自治体史は出版費用は自治体が出すけれども、個人責任があるという特殊な媒体である。項単位で名前が出るし、個人の研究成果として扱われる。
 
 自治体史は研究者の食い扶持になっている。
 
として、「本来的には研究者一丸となって行政の理不尽に対抗すべきところ、大学院生やポスドクなどの弱い立場にある研究者は経済的理由や人間関係等から、抵抗できない。このような分断を生み出すことの深刻さを、世田谷区はよく考えるべきである!」と語られました。
 
 上記の詳細につきましては、ネッツによる報告記事や、当日の発表者のひとりオオスキトモコさん記事をご参照ください。
 
 
 
さらに、弁理士である伊藤大地さんも「職務著作が成立しない以上、著作者は実際に執筆をした自然人=個人であることになり、その個人が著作権著作者人格権保有します」としておられます。
 
 
 こうした権利・責任関係の所在(いずれも執筆者にあるということ)のほかに、自治体史はどのくらいの頻度で作られるのか、ということもあまり知られていません。自治体史は、教科書のような感じで、頻繁に作られるもので(4年に1度とか、10年に1度とか)、ゆえに世田谷区史編さん問題においても、最悪、今回は委員から抜けて、次回書けばいいじゃない、くらいに思っている方もいるかもしれません。
 
しかし、自治体史の編さんは、めったに行われるものではありません。たとえば、世田谷区史の場合、前回『新修世田谷区史』が刊行されたのは1962年となっています。実に半世紀以上ぶりの事業です。
 
  このように、
 
 (1)自治体史は歴史学界においては個人の研究実績として扱われるから、勝手に書き換えられると研究者生命に関わる
 
 (2)本来的には研究者が一丸となって行政の理不尽に対抗すべきところ大学院生やポスドクなどの弱い立場にある研究者は経済的理由や人間関係等から、抵抗できない
 
(3)自治体史は、そんなに頻繁に作るものではない(50年に1度くらい)
 
 という点はあまり知られていませんが、重要ではないでしょうか。とくに、なぜ他の委員は合意しているのか、という点は、(2)の説明がないと、わかりにくいと思われます。ほかの委員が声をあげないのは、「著作権法に無知」なだけが理由ではなく、さまざまな「しがらみ」や「問題」もあるのだ、ということを知っていただければと思います。
 
かつて『新修世田谷区史』を編纂された、日本中世史家で、吉良氏研究の大家である荻野三七彦博士は「区史は区によつて行われた公共事業であるが、それが直接に区の宣伝になるものでもなく、区民は勿論、もつとひろく一般大衆のものでもあり、民主的な事業として終始し得たのであつた。そこにこの仕事のほんとうの意義もあつたものと思つている」「一般の地方史の編纂者は、毅然たる識見を持つて欲しい」と回顧されていたようです(入交好脩「書評『新修世田谷区史』(上・下巻・附編)、『世田谷区史料』(第一~四集)」『社会経済史学』29 (4-5)、1964年)。
 
  数々の問題をひきおこし、およそ強権的かつ閉ざされた状況の現在の世田谷区史編さん。泉下の荻野博士は、いまの世田谷区および歴史学者(委員)の頽廃をどう見ておられるのでしょうか。
(谷口雄太)

記者会見を実施~著作者人格権不行使の契約見直しを求める~

 2月27日、区民の会では世田谷区長宛てに契約の見直し等を求める要望書を提出。その後、成城自治会館へ移動し、記者会見を開きました。

発起人の一人である稲葉康さんは、「歴史学者著作者人格権不行使を求めることは、執筆と研究に対するリスペクトを欠き、区史への信頼性が揺らぐ。そのような区史のあり方は税金の使い道として不適切」と批判。そして、「セクシー田中さん」の原作者である漫画家の芦原妃名子さんが自死した件を挙げ、「著作者人格権をないがしろにすることは、著作者の命を奪うほど重い問題」と、訴えました。

 

また、世田谷区史編さん問題の当事者であり、編さん委員の委嘱を昨年23年3月に打ち切られた谷口雄太さんは、契約を拒否した理由を次のように説明しました。

「1点目は、学術的信頼性が担保されないから。世田谷区の中世吉良氏の専門家は私しかいないが、著作者人格権不行使に同意すると、私の書いた原稿を区が勝手に書き換える可能性がある。その結果、区史の内容はでたらめになってしまう。これに関連して、勝手に書き換えられた内容が私の名前で出てしまうと、私の研究者生命が脅かされてしまう」

 そして、「区民の会が発足したのは良識の現れ。著作者人格権は人としての尊厳を守る大切なもの。団結して問題の改善に取り組みたい」と語りました。

 

 会見に参加した区民の会の上杉みすずさん(「小さな蔵の隠し酒」主宰)は、「区には人権侵害にもあたる契約書を見直して、自治体史の手本となるような区史の編さんを強く要望する」と訴えました。

 

 最後に稲葉さんは、次のようにコメントして、区に対して「熟議」と誠実な対応を求めました。

「これは世田谷区だけの問題ではない。歴史研究者から著作者人格権を奪うやり方が、全国の自治体に波及することが恐ろしい。研究者の利益と区民の利益は一致する。学問に裏付けられた歴史認識が、自治体によって改ざんされる恐れがないこと。それが区民にとって必要なものと思っている」

 

 なお、要望書の回答期限は3月4日です。保坂区政が区民の声に真摯に向き合うか、問われています。

 

【追記】回答期限より1日遅れの3月5日、区から回答がきました。話し合いはしないという内容です。区民の会は、回答の内容を検討したうえで、再度申し入れをする意向です。

世田谷区史のあり方について考える区民の会、世田谷区に要望書を提出

2024年1月、「世田谷区史のあり方について考える区民の会」が立ち上がりました。

区民の会会員からの投稿を掲載します。(編集部)

* * *

「世田谷区史のあり方について考える区民の会」は、区史編さんに係る著作権譲渡契約書の見直しを求め、保坂区長に要望書を提出することにしました。

 2月27日、北風が吹きすさぶなか区役所に保坂区長を訪ねましたが、あいにく不在だったため秘書課長の大平光則さんに要望書(*1)を手渡し、大平さんは区長に届けることを約束してくださいました。手渡すときに区民の会を代表して稲葉康夫さんらが、言葉を添えましたが、こちらの熱意が伝わったかはわかりません。ただ、要望書には「世田谷区史問題Q&A」(*2)もつけています。これを読んでいただければ区長も今の区史編さん事業の何が問題なのかわかるでしょう。

要望書では、3月に区長と「区民の会」との対話の機会を設けることも要請しています。今回は区長にはお目にかかれませんでしたが、3月には直接有意義な対話がなされることを期待したいです。

 このあと、同行してくださった羽田区議と話し合い、専門家を招いて著作者人格権の勉強会を開くことも検討されました。

(区民の会 C.S.)

 

(*1)区民の会の要望書

https://drive.google.com/file/d/1m4hoB5wx5YC5oW8MshGU9CajzdgmVRt9/view?usp=sharing

 

(*2)世田谷区史問題Q&A

setagayakushi-chosakuken.hatenablog.com

著作者人格権ってなに?~「世田谷区史問題Q&A」~

世田谷区史問題Q&A

Q1 世田谷区史をめぐって何が問題になっているのですか。

A1 区史編さん委員に、委員を続け区史を書きたければ著作者人格権不行使と著作権譲渡を認めろという踏み絵のような承諾書を突きつけ、承諾しなかった谷口さんを委員から外しました。著作権を取り上げるような仕打ちは歴史修正にもつながりかねないと歴史学会の内外で大問題になり、区議会でも質問されマスコミも報じています。

 

Q2 谷口さんと組合は何を求めているのですか。

A2 何より、著作者人格権不行使を含む不条理な契約の見直しです。それが良い区史を作ることにつながります。世田谷区も「新たな世田谷区史編さんの基本的な考え方」で、区史は歴史研究の最新成果を踏まえ、わかりやすさ・読みやすさと学術的水準を両立させて作るものとしており、そのためには編さん委員、歴史研究者の著作者人格権の尊重が必要です。

 

Q3 自治体史のように自治体や国が発行するものにはそもそも著作権はないのでは?

A3 著作権法は第 13 条で、「権利の目的とならない著作物」として、憲法その他の法令、告示、訓令、通達やこれに類するもの、裁判所の判決、決定等、行政庁の裁決、決定で裁判に準ずる手続により行われるもの等を挙げています。自治体史は、これに属していないので、著作権の対象になります。

 

Q4 世田谷区が発注して原稿料も支払うのだから、著作権は区に帰属するのではないですか。

A4 著作権は原則として著作者に発生する権利で、原稿料の支払いが直ちに著作権の帰属に結びつくものではありません。著作者人格権を除く著作権は譲渡可能なので( 著作権法第 61 条)、著作権者の合意があれば、著作権者以外の者が譲り受けることができます。著作権者が権利を区に譲渡した場合には、著作権は区に帰属することになります。なお、区の職員が区の職務として作成した著作物は職務著作にあたるので、その権利は初めから区に帰属します。

 

Q5 著作者人格権とは何ですか。

A5 日本の著作権法は、著作権を、著作者人格権とそれ以外の著作権( 財産権)に分ける二元論の立場をとっています。著作者人格権は著作者が持つ譲渡できない大切な権利で、公表権、氏名表示権、同一性保持権からなります。世田谷区史で問題になっているのは同一性保持権、つまり、原稿を勝手に書き換えられない権利です。なお「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」は認められます (著作権法第 20 条2項)。

 

Q6 区史編さん委員に著作者人格権不行使を求めるのはどこが問題なのでしょうか。

A6 そもそも著作者人格権は、その帰属についても行使についても、著作者の一身に専属する権利です。これを剥奪するような発想は人格の尊厳を無視することとなります。著作者人格権には同一性保持権を含むため、それが行使できなくなると、区史の記述が勝手に書き換えられる恐れがあります。
元原稿を勝手に書き換えられることは、区史の信頼を根本から揺るがしかねません。

 

Q7 著作権を譲渡したら、自動的に著作者人格権も相手方に譲渡することになるのではないのですか。

A7 A5で述べたように、著作権は財産権であり、人格権とは別個の権利です。著作者人格権以外の著作権(複製権、上映権、公衆送信権など)は譲渡可能ですが、著作者人格権は著作者の一身に専属する権利で、著作権法第 59 条で譲渡できないことになっています。

 

Q8 区史をわかりやすい内容にするには原稿を修正する必要が出てくる場合があると思います。修正をめぐって筆者と区との意見が対立すると、区史発行が遅れることになりかねません。編集をスピーディに行うには著作者人格権の不行使を決めておいたほうがよいのではないですか。

A8 わかりやすさ、字数、レイアウトその他の事情から、区史編さん委員が区史のために書いた原稿を編集のなかで修正する必要が出てくることは、もちろん考えられます。けれども、著作者人格権不行使を強要し、区が勝手に直してしまうのは区史編さんにそぐいません。「新たな世田谷区史編さんの基本的な考え方」は、区史は歴史研究の最新成果を踏まえ、わかりやすさ・読みやすさと学術的水準を両立させて作ると定めています。この考え方に沿って、「歴史研究の最新成果」「学術的水準」の結晶である編さん委員( 専門家)の原稿を尊重しつつ、都度合意をとりながら編さんを進めることが必要です。義務教育の検定教科書も、筆者の著作者人格権を尊重しながら編さん、発行されており、区史編さんに著作者人格権不行使は不要です。

 

Q9 谷口さんと組合は著作権の譲渡にも反対しているのですか。反対しているとしたら、その理由は何ですか。

A9 反対しています。区史に先立って刊行された『往古来今』のために書いた原稿が区によって無断転載される著作権侵害があったからです。区は区議会で謝罪し著作権の尊重を約束しましたが、この約束は果たされていません。谷口さんはデジタル版での利用は快諾しているので、著作権を譲渡しなくても利用許諾契約によって、合意した範囲での二次利用に支障はありません。

 

Q10 谷口さん以外の委員は著作者人格権不行使を規定した契約書に納得、同意したと聞きましたが。

A10 著作者人格権は、著作者の尊厳に関わる根源的な問題であるにもかかわらず、一般によく知られていません。区が編さん委員に、著作者人格権不行使の意味を説明していなかったことが明らかになっています。委員には立場の弱い若手研究者もいます。真実の納得、同意が成立したとは考えられません。

 

Q11 保坂区政の下で「歴史修正」の心配はないのでは?

A11 「歴史修正」ができてしまう契約の枠組みを問題にしているので、保坂区政が修正するとは考えていません。けれども、次の区史が作られるだろう約 50 年後まで、どんな区政になるかわかりません。区の外部から、歴史を曲げる圧力がかかることもあります。編さん委員、歴史研究者の権利を尊重することが、正しい記述を守る基礎なのです。

 

Q12 区史編さんが進むなか、今となってどんな解決が考えられますか。

A12 著作者人格権の無視、軽視の解消が必須です。著作権については、譲渡も可能ですが、利用を許諾するという方法もあります。契約は今からでも変えられます。著作者人格権を尊重した契約に直すことで区史の信頼性が確保され、税金の適切な使い方にもなります。

 

Q13 港区の「確認書」では、著作権という言葉も著作者人格権という言葉も出てきません。このような契約書で、著作者の権利は守られるのでしょうか。

A13 著作権は契約に書かなければ生じない権利ではなく、著作物の作成によって発生する権利です。
他者に著作物の作成を頼む際の当然の前提であり、改めて権利を明示するまでもありません。著作権を制限することなく区史を編さん、発行できた港区の事例は、自治体史誌発行に著作者人格権不行使も著作権譲渡も必要ないことを示しています。

( 2024.2.26 文責:出版ネッツ

某漫画家さんの訃報に接して ~作者と作品をリスペクトする著作者人格権の重み~

過日、某漫画家さんが自死なさったことをニュースで知りました。謹んでご冥福をお祈りするとともに、ご遺族・関係者の皆さまにお悔やみを申し上げます。

 

 漫画家さんが自死を選択する重いご決心に至るまでの心情はご本人にしかわからないことですが、ニュースなどの各種報道によれば、某漫画家さん原作によるテレビドラマの内容が原作者の某漫画家さんの「原作に忠実なものに」というご意向が無視されたことなどに起因しているのでは?と推測されています。

 

 漫画・小説などのメディアミックスは頻繁に行われているものの、原作者さんのメディアミックス作品への関わり方や捉え方は両極端に思えます。

 

1.原作とメディアミックス作品は完全に別物として、作品の二次利用のみを許諾する場合。

2.原作の内容やセリフなどの細かな表現に至るまで、忠実な再現を求め、企画段階からアニメ化や実写化に関わる場合。

 

 いずれにせよ、原作者さんたちが作品に込めた思い入れや、大切に紡いできたという自負はあって当然なものでしょう。

 

 上述したような原作の「無断改変」をめぐる問題として想起されるのが、いわゆる「世田谷区史編さん問題」でしょう。

 この問題については、当ブログに詳しいので、そちらをぜひ、ご参照いただければと思います。

 

 某漫画家さんの一件や、「世田谷区史編さん問題」の一件は、著作者人格権を蔑ろにした結果、引き起こされた問題といえます。

 著作者人格権は、作品や作者の「名誉」や「思い入れ」を保護し、原作者さんの許諾を得ず、無断で作品を改変することを禁止した法律で、著作権(財産権)と異なり、譲渡や放棄できない権利です。

 こうした著作者人格権を蔑ろにして無断「改変」することは、原作者さんや作品に対するリスペクトが一切ないと思われても致し方ないと考えます。

 しかも、世田谷区の場合、歴史修正を是とするような自治体にあるまじき人格権不行使を区史執筆者に強要をしているわけですから。

 世田谷区のみならず、今後も悪しきモデルケースが当たり前にならないように法改正も含め働きかける必要があるように思います。

 加えて世田谷区では、著作者人格権不行使を明記した承諾書にサインしなければ、執筆者との契約を破棄するといった強硬手段に訴えているのです。これでは、原作者(執筆者)の「名誉」を著しく毀損(きそん)し、書いた(描いた)文章や絵柄(図表などを含む)を原作者(執筆者)を無視して改変できることになってしまうのです。

 

 従前に、発注元さんと原作者さんが十分な話し合いや意見のすり合わせを行い、原作者(執筆者)さんの不利益にならないようにすることが重要なのです。

 あらためて、著作権著作者人格権不行使などに関するより厳密な法改正の必要かあると思います。

 

 今回の某漫画家さんの自死は、多くの問題を我々に問うことになりますし、某漫画家さんには、さぞや無念であったことでしょう。

(中脇聖/日本史史料研究会研究員)

【追記】本ブログ原稿の文責は中脇にあり、所属する機関等、その他、関係者の見解などではなく、無関係であることをご了承下さい。

 

【編集部追記】漫画家・芦原さんの訃報に関し、小学館「第一コミック局の編集者一同」名で「声明」が出されました。

著作者人格権に言及しています。

 

https://www.shogakukan.co.jp/news/476200

実効確保の勧告を申し立て 〜 1月10日に第4回都労委調査〜

 2024年1月10日、東京都労働委員会で第4回調査が行われました。

組合は、「審査の実効確保の措置勧告の申立書」(以下、「実効確保の申立」)と、書証として木更津市編集委員会の「著作権の取り扱いについて」、文化庁著作権契約作成支援システムを活用した契約書などを提出しました。 

「実効確保の申立」とは、審査の実効性を確保するため必要な措置をとるよう求める手続きです。たとえば、証人の審問出頭に対する妨害があったような場合や、配置転換について争っているときに配置転換拒否を理由として懲戒処分をするなど、救済を申し立てた事件に関して派生した事態が起きた場合に勧告を求める申し立てができます。

今回、組合は、「著作権の扱いについて協議が整うまでの間、谷口組合員の執筆が予定されていた中世史の該当箇所につき、他の委員への分担、執筆、編集を進めてはならない」という勧告を求めました。その理由は、他の委員が執筆して完了してしまえば、仮に労働委員会から「谷口さんを委員に戻して執筆をさせるように」という救済命令が出たとしても、命令が意味のないものになってしまうからです。これでは、救済の基礎が破壊されてしまいます。

残念ながら、実効確保の勧告には強制力はありません。しかし、世田谷区に対して「不当労働行為のやり得を許さない」という組合の意思を伝える効力はあります。世田谷区がこれにどう対応するのかを見守りたいと思っています。

 

■委嘱打ち切りは組合員排除

 

 今回、公益委員と労働者委員が交代したため、仕切り直しの調査となりました。

 組合側は、改めてこの事案の経緯を時系列で話しました。

――

2022年9月末著作権譲渡に関する契約書案が区史編さん委員会に提案される⇒10月谷口さん組合加入⇒11月より再三にわたり団体交渉の申し入れ(区側はこれを拒否)⇒2023年2月10日付で区は、著作権譲渡契約書(著作者人格権不行使を含む)と承諾書を送り付け、これにサインしなければ次年度の委員委嘱をしないし執筆もさせないと通告⇒組合、協議を申し入れ⇒2月28日著作権についての話し合い(組合、継続協議を要請)⇒3月6日区から協議を打ち切るとのメールが届く⇒組合、協議の続行を申し入れ⇒3月31日谷口さんの委員委嘱打ち切り。

――

 労働委員会は、労働組合法第7条が禁止する「不当労働行為」があったかどうかを審査する機関です。そのため、どの時点で谷口さんが組合に加入したのかが非常に重要です。「不当労働行為」に該当するケースとしては、「組合員であることや組合活動をしたことを理由とする解雇その他の不利益取り扱い」や「正当な理由のない団体交渉の拒否」などがあります。「団体交渉の拒否」の事実は比較的はっきりしていますが、「組合員であることを理由とした不利益取り扱いか」を立証するのは、難しいことが多いです。なぜなら、使用者は「組合員だから契約を切った」などとは決して言わないからです。別のもっともらしい理由を挙げてきます。

本件においても世田谷区は、谷口さんの委嘱を打ち切ったのは、2月10日付の著作権譲渡契約書を結ばなかったからだと言っています。他の委員にも同じように承諾書を送っていると。しかし、区は谷口さんと組合が「著作者人格権不行使」に強く反対していることを知った上で、2023年2月10日に“踏み絵”のような承諾書を突き付け、話し合いを1回で打ち切り、委員委嘱を切っています。このような経緯から、委嘱の打ち切りはもの言う組合員の排除(=不利益取り扱い)以外のなにものでもありません。

 

■「和解で譲れないものは」と質問が

 

調査では、組合は上記のような説明を行った後、再度「話し合いで解決をしたいので区側に働きかけてほしい」と要望しました。公益委員からは「和解にあたって、どうしても譲れないものは何ですか」との質問がありました。

その後、公益委員は世田谷区側にも、和解を打診したのではないかと思います。結論としては、次回は通常通りの調査が行われることになりました。第5回調査期日は、2月29日です。

昨年11月に区側があっせん(話し合い)への移行を蹴ってきたので、和解は立ち消えになったと受け止めたのですが、上記のような公益委員の質問から推測すると、全く白紙になったわけではないようです。労働委員会をはじめ、様々なチャンネルを活用して早期解決を図っていきたいと考えています。

(杉村和美)