御所巻(ごしょまき)―世田谷区史編さん問題―

御所巻とは、中世の異議申し立て方法のことを言います。世田谷区による区史編さん委員へのパワハラと著作権の問題についてのブログです。出版ネッツのメンバーが運営しています。

7/15(土) 緊急シンポジウム 「歴史研究と著作権法―世田谷区史編纂問題から考える―」報告

7月15日(土)に青山学院大学 青山キャンパスにて開催したシンポジウム「歴史研究と著作権法―世田谷区史編纂問題から考える―」について報告します。

 

シンポジウムの概要は以下の記事をご参照ください。

https://setagayakushi-chosakuken.hatenablog.com/entry/2023/05/28/233336

 

当日は猛暑の中、会場参加71名、オンライン参加(最大)47名、計118名と、多くの方がご来場くださり、盛況なものとなりました。ご参加くださった方々、ありがとうございました。この場を借りて御礼申し上げます。

 

第1部 基調報告

 

・シンポ開催の趣旨説明(谷口雄太 青山学院大学准教授)

最初に世田谷区史編さん問題の当事者である青山学院大学准教授・谷口雄太さん(日本中世史の研究者で世田谷を支配した吉良氏の唯一の専門家)からシンポの趣旨と今回の問題についての事実経過、出版ネッツとの抗議行動について説明を行いました(詳しくは本ブログの過去記事をご参照ください)。

続いて著作物・成果物が無断で改変されない権利(同一性保持権)などを含む著作者人格権についての説明がありました。世田谷区から強要された「著作者人格権の不行使」による問題点として、内容を無断で改変されない権利(同一性保持権)を行使できなくなること、自らのあずかりしらぬところで内容が勝手に書き換えられることを防げなくなると、発注者が行政である今回の事案では権力による歴史修正を防ぐことが不可能になる点があげられました。大きな自治体である世田谷区でそれを許せば全国各自治体に悪影響を及ぼしかねないと語られました。

安易に著作権譲渡や人格権不行使を求めるのは不誠実であり、著作者の権利と尊厳を尊重すべきとの提起がなされました。

 

著作権法の立場から問題提起(長塚真琴さん 一橋大学教授)

長塚さんからは、著作者人格権と契約について、著作権法の立場からの問題提起としてお話がありました。契約においては著作権法だけでなくフリーランス保護法制との整合性も考える必要があるということと、今回の世田谷区の事例では無断改変は研究者の名誉声望に関わり著作者人格権侵害とされる可能性があることが指摘されました。そして、(一般的には)こういう範囲でと限定したうえで著作者人格権不行使の契約を結ぶことはあり得るが、世田谷区が提示したような「包括的著作者人格権不行使(包括的=あらゆる不行使を約束したので以後の話し合い不要)」は無効とされるのではないかと問題提起がありました。その前提として、そもそもビジネスローヤーが契約書に入れたがる包括的著作者人格権不行使は、学術の場にはなじまないとの見方が提示されました。

 

・歴史研究の立場から問題提起(石原俊さん 明治学院大学社会学部教授)

石原さんは、歴史研究者と自治体史・誌と題して、歴史研究者の「著作者人格権不行使」を容認すべきでない社会的・規範的背景についてお話をしてくださいました。研究者は行政に対して自己の研究実績へのカウントを条件として学術的瑕疵がない水準での調査・執筆を保証し、一方で、行政は報酬最重要視ではない専門家による学術的精確性が保たれた自治体史(誌)を確保できるという、絶妙なバランスが保たれてきたと指摘されました。このバランスが、著作者人格権不行使の強要によって瓦解し、自治体史(誌)における学術的精確性の崩壊は避けられなくなるのでは、と危機感が語られました。

 

第2部 リレートーク

・宮瀧交二さん(大東文化大学教授)

日本古代史を専門とする宮瀧さんからは、自治体史を編さんするにあたって歴史研究者が考えていることについてのお話がありました。できるだけ平易な言葉で、中・高校生を含めた一般の市民にわかりやすい記述を心掛け、なおかつ執筆者が採る学説だけでなく他の有力な学説についても紹介、参考文献を明示し、文献史学、考古学だけでなく、当該地域の歴史地理学、美術史学など他の分野の研究成果も総合して叙述、また一般には知られていない最新の研究成果を反映するとのお話がありました。出版ネッツが出した声明にもいち早く賛同してくださったとのことで、応援してくださいました。

 

・木下光生さん(奈良歴史研究会事務局長)

木下さんからは、自治体史の媒体としての特殊性について語られました。自治体の名義、自治体の刊行物でありながら誰がどの項を執筆したか細かく記載され、各項ごとの責任の所在が明確にされる特異な媒体で、自治体の刊行物でありながら執筆者個々人が責任を負うものであると。また、自治体史の執筆には若く経済的に不安定な研究者がかかわる場合が多く、著作者人格権不行使を強要され、サインしなければ契約解除となれば、収入と研究成果を失う可能性が高く、著作者人格権不行使を飲むか飲まないかで研究者間の分断を生むものでもあるとの懸念が語られました。谷口さんが今回のことを外部へ発信しなければ谷口さん個人にその問題を背負わせてしまうところであり、世田谷区への抗議行動の意義の大きさについても言及がありました。

 

・中脇聖さん(流山市史編さん問題当事者)

2005年、千葉県流山市刊行の自治体史において執筆者に断りなく原文の削除や改ざんがなされ、執筆者が市に抗議、裁判となり、市が敗訴するという事案がありました。2001年にも流山市との間で類似の問題があり、執筆契約書の未締結や原稿料未払いがあったとのこと(中脇さんはこのときの当事者)。問題発生の原因として市史編さん審議会や執行委員会が設置されるも機能していなかった点、教育委員会によるチェックがなされていなかった点が挙げられました。

 

・オオスキトモコさん(イラストレーター)

イラストレーターであり、三級知的財産管理技能士(国家資格)でもあるオオスキさんからは創作者の立場から、クライアントとの契約の中で著作権著作者人格権をどのように考え扱っているか、お話をしてくださいました。イラスト業界では「イラストレーターズ通信」が以前からモデル契約書のようなものを配布しており、歴史研究の世界でも今回のことをきっかけに契約書のひな型やガイドラインを作成してはどうかとの提案もありました。

 

・石川昌義さん(日本マスコミ文化情報労組会議〈MIC〉議長)

石川さんからは中国新聞記者をされていた経験から、記者は業務上、市区町村史(誌)を参考にする機会が多くあるとのお話がありました。地方紙において地域の伝統行事や歴史的建造物などについて記事を書く際は自治体史を参考にしており、信頼性が高いはずの自治体史が、自治体の都合で書き換え可能になってしまうとすれば大きな問題であり、読者である次世代への裏切りにあたるのではと語られました。

 

・杉村和美さん(出版ネッツトラブル対策チーム責任者)

杉村さんからは今回の3つの問題点、1.区の担当者から谷口さんが受けたハラスメントの問題、2.原稿改ざん・無断転載の著作権侵害著作権譲渡契約書(著作者人格権不行使が盛り込まれている)の締結を承諾するよう求められた著作権についての問題、3.著作者人格権不行使を承諾しなかったことによる編さん委員契約打ち切り問題が語られました。

また、問題の経緯と出版ネッツとしての取り組みについての説明があり、今後は東京都労働委員会を話し合いの場として、谷口さんへの編さん委員委嘱解除の取り消しと委嘱継続、出版ネッツからの団体交渉に応じるよう世田谷区へ求めていくとの説明がなされました。今回のシンポジウムや記者会見、世田谷区役所前アピール行動を通して、問題を広く「社会化」していくと話しました。

 

第3部 自由発言・質疑応答

世田谷区民、出版社編集者、学芸員、今回の問題についてWEB上で発信を続けてきた方、出版ネッツ組合員……様々な立場の参加者からの質問で、活発な議論がなされました。

 

最後に、登壇された石原さん、長塚さん、谷口さんから一言ずつ挨拶をいただきました。

谷口さんから、通常ここまで問題が大きくなることは稀な自治体史で、多くの分野の方に出会い、様々な問題を知ることができたが、論点は尽きず今回のシンポ開催をスタートとして第二弾を計画したいとの宣言があり、シンポジウムは終了となりました。

ご参加くださった皆様、重ねて御礼申し上げます。

第二弾の開催にご期待ください。