2023年3月末、谷口さんは区史編さん委員を解任されました。これを受け、4月14日、出版ネッツは世田谷区を相手取って、東京都労働委員会に不当労働行為救済の申し立てを行いました(5不第29号)。
請求する救済の内容は、
〇谷口さんへの委員委嘱解除をなかったものとして扱い、2023年度以降も委嘱を継続すること
〇委員の委嘱、著作権の取り扱いを議題とする団体交渉に応じること ほか
です。
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委員委嘱の打ち切りは不利益取り扱いにあたる
申立書では、権利主張した谷口さんの委員委嘱を打ち切ったことが不利益取り扱いにあたることを主張しました。
まず、6年5カ月にわたって、歴史研究者としての研究成果を注ぎ込みよりよい区史をつくるために尽力してきた谷口さんが、編さん委員としての地位を奪われることに不利益性があると訴えています。
二つめに、以下の事実から、委員委嘱の打ち切りは、区の裁量権濫用であることを主張しました。
- 区は、2017年に保坂区長名の「委嘱状」で谷口さんに区史編さん委員を委嘱していますが、任期について、当時は「区史編さんが終了する日の属する年度末まで」となっていたのが、2022年4月1日付「委嘱状」では「1年任期」に改変されています。なぜ改変したのか。区は「組織の効率化を図る」ためと述べていますが、疑義があります。
- 2023年2月、区は編さん委員に対し、著作者人格権不行使を含む著作権譲渡契約を結ぶことを求め、谷口さんがそれを「承諾」しなかったことを委嘱打ち切りの理由としています。しかし、著作権法は第59条で著作者人格権を「一身専属的権利」として保障しています。また、「役務の成果物に係る権利(著作権等)の一方的な取り扱い」は、独占禁止法・下請法上問題となる「優越的地位の濫用」にあたると考えられます。
以上から、委嘱打ち切りは、谷口さんの期待権を侵害し、著作権の取り扱いとしても問題があり、信義則上許されるものではありません。
三つめは、組合活動と委嘱打ち切りとの関係についてです。
谷口さんの組合加入を区に通知したのは2022年11月。団体交渉開催をめぐる対立が続く中、2023年2月初めには、区は「話し合いに応じる」と言ってきました。その日程調整をしている矢先の2月10日、突如として「著作権譲渡契約書」締結の「承諾書」を突き付けてきたのです。これに抗議して、出版ネッツ・谷口さんが区庁舎前でのビラ配布、報道機関への情報提供などを行ったことを、区は話し合い打ち切りの理由としています。しかし、ビラの配布やアンケート調査、報道機関への情報提供は(その内容についても)、正当な組合活動です。
出版ネッツは、委嘱打ち切りは、区が2月10日に突きつけた「承諾書」という名の「踏み絵」を谷口さんが踏まず、組合員として権利主張を続け、その反響が広がったことへの報復であると考えています。
団体交渉をめぐっては、谷口さんが「労働組合法上の労働者」(*1)にあたるかどうかと、区の団体交渉拒否に「正当な理由」があるかが争われます。
出版ネッツは今後、委員委嘱打ち切りが労働組合法上の不利益取り扱いにあたるか、区の団体交渉拒否に正当な理由があるか等について、争っていく予定です。
一方、世田谷区側は、谷口さんが「労働組合法上の労働者ではない」として、救済申し立ての入り口での争いに持ち込む構えを見せています。
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第1回調査が開かれる
労働委員会は、公益委員、労働者委員、使用者委員の三者委員で構成されています(*2)。調査の段階では、申立人、被申立人が別々に呼ばれ、三者委員から口頭で質問を受けたり、当事者がこのような解決を望んでいると話したりもします。
6月27日の第1回調査では、公益委員から熱心な聴取が行われました。「どのような解決を望みますか」という質問に対しては、出版ネッツは、「よい区史をつくりたいという思いは、お互い同じ。話し合いで解決をしたい」と答えました。
谷口さんは、「ここで切られてしまえば、6年半にわたる調査・研究が無駄になる(税金で行っている)」「他の自治体も参考にしたくなるような契約書のモデルをつくりたい」と区史執筆に対する思いを述べました。公益委員はこれを、深くうなずきながら聞いていました。
なお、第1回調査には、フリーランスユニオンの方々が、応援に駆けつけてくださいました。
第2回調査は、9月1日に開かれる予定です。
世田谷区には、早期に話し合いのテーブルに着くことを望みます。
(杉村和美)
(*1)「労働組合法上の労働者性」については、「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」 の25ページ以降を参照。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/zaitaku/index_00002.html