御所巻(ごしょまき)―世田谷区史編さん問題―

御所巻とは、中世の異議申し立て方法のことを言います。世田谷区による区史編さん委員へのパワハラと著作権の問題についてのブログです。出版ネッツのメンバーが運営しています。

熱い討論の場となった緊急シンポ

7月15日に開かれた緊急シンポジウム「歴史研究と著作権法」は、自治体史を執筆する歴史研究者と著作権法の研究者をはじめ、さまざまな分野の研究者や実務家が登壇され、また会場からの発言も活発な熱い熱い学びの場だった。どの方の問題提起もそれぞれに示唆深かったが、著作権法についてあまり詳しいとはいえないわたしにとって最大の収穫は、焦点ともいえる著作者人格権についての長塚真琴さんのお話だった。

 

「包括的な著作者人格権不行使契約はぜひ」は行き過ぎ

著作者人格権不行使契約」というときの意味が、論者によって違いがあること。不行使契約がなぜ「あり」とされるようになったのか(1985年にコンピュータ・プログラムの著作権が保護されることになったこととの関係。プログラムは機能であり、思想・感情を創作的に表現した「著作物」とは少し異なる)、ビジネス上は「予防法務」の観点から著作者人格権不行使の項目を「ぜひ入れておくべき」とされてきたが、範囲を限定しない包括的な不行使契約が当然という表現は行き過ぎであるとして、『ビジネス著作権検定 公式テキスト第3版』では記述が修正されていること等々。

 

著作権法の学説上もさまざまな立場があり、また、業務を円滑に推進したい側としては「不行使契約」を入れておけば、改版や二次使用のたびにいちいち了解をとる手間も省けてありがたい、だから「ぜひ入れておくべき」。編集する立場、長いスパンで著作権を管理しなくてはならない立場からすれば、助かる面もあるだろうことも理解できる。

 

学問の自由に関わる非正規雇用問題

また、自治体の資料館学芸員や図書館司書は、学問の自由や民主主義に大きく関わる専門性が高い職種にもかかわらず、有期・非正規雇用の職員が多いことも、会場発言から浮かび上がってきた。自治体史の調査や執筆に大学院生やポストドクターなど、立場の弱い人がついてきたことと、このたびの谷口さんに対するハラスメントの問題がより一層はっきりしたと思う。

 

自治体による歴史修正の動き

法律論議とは別に、近年の、自治体を舞台にした歴史修正の動きとの関係も考えさせられた。たとえば関東大震災時の朝鮮人犠牲者追悼式典への追悼文を小池百合子都知事が過去6年にわたって送らなかったことは、ほんとうに恥ずべきことだとわたしは考えている。過去の都知事が送ってきた追悼文を小池都知事が取りやめたことは、その歴史の事実性に疑問をさしはさみ、過去をうやむやにする行為だ。このことを背景に、2022年には、東京都人権啓発センターが、自ら主催した企画展においてアーティストが創作したある映像作品を上映禁止にするという事態が起こっている。ここにも、指定管理施設である人権啓発センターと東京都総務局人権部との権力関係が含まれている点も見逃せない。

 

少々横道に逸れてしまったが、人様の原稿やイラスト、写真等を扱う編集者として、著作者を尊重しつつ、よりよい出版物を作っていくことの大事さを改めて考えさせられた(何よりも敬意がなければならない)。とても有意義なシンポジウムを準備した、そして登壇・発言されたみなさん、ありがとうございました。歴史は権力者によって作られるのではなく、不当な扱いに屈せず問題提起する当事者と、社会運動によって作られていくという思いを新たにしました。

                              (山家直子/フリー編集)

 

【追記―事務局より】

記述が変更されているのは、『ビジネス著作権検定 公式テキスト第3版』の第3刷からです。第1刷や第2刷では変更されていませんので、書店で購入の際はご注意ください。