御所巻(ごしょまき)―世田谷区史編さん問題―

御所巻とは、中世の異議申し立て方法のことを言います。世田谷区による区史編さん委員へのパワハラと著作権の問題についてのブログです。出版ネッツのメンバーが運営しています。

不行使特約、歯止めはどこに 〜国際著作権法学会(ALAI)日本支部が研究大会〜

ALAI研究大会

 フランスの文豪ビクトル・ユーゴーを名誉会長に結成された国際著作権法学会ALAIの日本支部は、2023年12月9日、「著作者人格権の不行使特約は可能か」をテーマに一橋大学で研究大会を開いた。この会は、世田谷区が区史編さん委員に著作者人格権不行使を迫り、応じない委員の委嘱を切った問題を「きっかけ」に企画され、7月15日のシンポジウム「歴史研究と著作権法」で基調講演した一橋大学の長塚真琴教授(著作権法)が趣旨説明と司会を務めた。

 

 ギタリストでもある長塚教授は、シャンソンがCM用に改変され著作者側が広告会社、広告主側を訴えた「愛し合おう」事件の原曲とCMを動画で対比。フランスの下級審は著作権譲渡契約を盾に改変を容認したが、破毀院(最高裁)は「著作者人格権(の尊重)は公序である」とし、無断改変を拒む著作者の権利を認める判決を言い渡した。著作者人格権をどこまで尊重するか。フランスでも学説は分かれているとのことだったが、「文化を守り伝える役割を著作者に担わせることは公序である」という理念が司法にも生きていることに励まされた。

 

 続いて3人のシンポジストが問題提起。スウィートホーム事件で原告(脚本家、監督)代理人を務めた中小路大弁護士は、法律実務家の立場から「コンピュータ・プログラムが著作権法で保護された後、遅くとも1991年には不行使特約があった」とし、映像分野も含め変遷を解説した。不行使特約が同じように入っていても映画・ドラマとバラエティとでは扱いが違うという。

 

 金沢大学の石尾智久専任講師(民法)は、「不行使特約は、著作物に人格的価値が大きいと公序違反に傾くが当事者の立場(力)の差、同意の任意性、対価の大きさも関わる」と整理した上で「日本の裁判で公序違反が認められることは少ない」とし、公序違反かどうかより、同意の成立や不行使の範囲を考えた方が有益ではないかと示唆。さらに、不行使特約が有効でも「撤回権」を認めることで著作者の利益を守る選択肢を提示した。

 

 公取委出身の中里浩・東京経済大教授(経済法)は、フリーランスサミット2023でのフリーランスとの意見交換を踏まえて報告。「著作者人格権を経済法でどう扱うかはこれまで考えてこられなかった問題」としつつ、「著作権譲渡や不行使の(上乗せ)報酬がなければ、経済上の利益提供や買いたたきとして下請法やフリーランス法の違反に問いうる」との考えを述べた。

 

PR会社を介して自治体の仕事を請けたイラストレーターの例とゴーストライターの例を「想定事例」として提示し、長塚教授と3人のシンポジストがそれぞれの見解を示すという工夫が理解を助け、「フリーランス著作権」もホットイシューとあって質疑応答も白熱。中里教授が「交渉力の違いを正す一つの手段に集団的解決がある」と述べたのを受け、中小路弁護士は「声優の出演料や二次利用をめぐる日本俳優連合アニメ会社等との協定」を良い例として紹介した。

 

 著作権法民法、経済法に各分野の実務家も加わった学際的議論は、一つの山にいろいろなルートから登る試みにも似て興味深かった。長塚教授は「フランスと日本とはいろいろ違うが、共通点もある。民主主義の国で、個が尊重され、文化がある」と語った。逆にいえば、著作者人格権を否定することは、「民主主義と個の尊重、文化」の軽視につながる。地方自治体がそんなことをしてはいけない。世田谷区史編さん問題を解決する意味を改めて考えさせられた。

                                  (北健一)